「三井元方」は、三井銀行、旧三井物産、三井鉱山などを統括していましたが、明治42年(1909)にこれらの企業を株式会社へと改めたことで、民法・商法に適合した三井合名会社が設立さることになりました。「三井合名会社」は欧米の財閥の例を参考に、「大元方」を近代的に改組にした持株会社です。出資社員は三井11家に限定され、外部からの資本参加は取り扱いしませんでした。合名の定款には「有価証券及び不動産の取得利用及び農林事業製茶業」とされており、あらゆる事業を支配し、資本の投下および運営、三井一族に対する監督を行い、グループすべての活動が、合名を軸として運営されていました。ここから農林事業と製茶業が独立して「日東農林」すなわち現在の「三井農林」となりました。

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